Michael J. Foxとパーキンソン病と幹細胞研究 

 久しぶりにテレビに現われたMichael J. Foxがちょっとした話題になっていますね。アメリカの中間選挙のキャンペーン広告に出演し、民主党候補の支援を呼びかけたのですが、やはり神経内科の医者としてはまず彼の病状が気になります。

 日本語のサイトでも「病状を隠さずに」「自らの意思で制御できない震えに見舞われるパーキンソン病の症状そのままに、体や頭を上下左右に動かしながら」なんて書かれています。

 英語のサイトを見ると、"he is exaggerating the effects of the disease. He is moving all around and shaking. And it's purely an act."とまで言っている人(Rush Limbaugh)もいれば、“Anyone who knows the disease well would regard his movement as classic severe Parkinson's disease. Any other interpretation is misinformed.”(Baltimoreのneuroscientist、Elaine Richman)という反論もあります。

 ビデオクリップで見る限り、彼の不随意運動は、首から体幹をくねらすようなかなり粗大な動きで、"classic severe Parkinson's disease"というよりは、levodopaの長期使用に伴うdyskinesiaのように見えます。「演技だ」なんて言うのは論外で、本当にお気の毒です。

 そして肝心なメッセージの中身の方ですが、まずyoutube.com ("Michael J Fox and Missouri"とか検索するとすぐ出てきます)で見たビデオクリップを私なりに聞き取ったものを示します。(一部不随意運動のためか聞き取りにくい部分があり、文脈から補った部分があります。ご意見などいただければ幸いです。)

 As you might know, I care deeply about stem cell research.
 In Missouri, you can elect Claire McCaskill, who shares my hope for cures.
 Unfortunately, Senator Jim Talent opposes expanding stem cell research. Senator Talent even wanted to criminalize the science that gives us chance for hope.
 They say all politics are local, but that's not always the case. What you do in Missouri matters millions of Americans, Americans like me.

そこで民主党候補のオバハンが出てきて"I'm Claire McCaskill, and I approve this message."なんて余計なことを言います。

 このような漠然とした"stem cell research"という言葉で言われると誰も反対の余地はなくなってしまいます。実際に造血幹細胞移植は、もう何年もの間、血液疾患の治療に大きな役割を果たしていますし・・・。もう少し、現在の倫理観の対立の対象となっているborderlineの部分(特にキリスト教的価値観で問題となるのはES細胞の使用の是非でしょうか。韓国の論文捏造事件に関連しても、受精卵の提供が強要されたのではないかとの疑惑もあります。)を論じた方がフェアかと思いますが。まあ、Jim Talentという人はかなり強硬な幹細胞研究反対論者なので、このような漠然とした表現がよいと判断したのでしょうか。

 血液疾患と違って、神経変性疾患の幹細胞治療は実際にはかなり難しいと思います。最大の理由は、血液細胞はそれぞれがバラバラで(もちろんcytokinesによって制御されながら)機能するのに対し、神経の場合、個々のニューロンでは機能のしようがなくて、ネットワークとして初めて機能するというところにあります。単に幹細胞を導入、分化させるだけでなく、どう有機的なネットワークを作り上げるかの方が問題ですね。

 脳死・臓器移植の論議を経て、個体のidentityの核心は脳にあるとの考え方が大勢になりました。個人の成長と人生経験に基づいて形成された脳のニューロンのネットワークが、個人のidentityそのものだと考えます。他の臓器は交換できても、脳だけは個人と一体であり交換不能です。その脳を幹細胞治療で変化させることは、現在の価値観をひっくり返すことになるでしょう。その可能性をはらむ研究には細心の注意が必要だと思います。


以下はマイケル・J・フォックスおよびパーキンソン病関連書籍へのリンクです(Amazon.co.jpへのリンク)。

ラッキーマン

  わずか30歳の若さでパーキンソン病を発症した人気ハリウッド俳優マイケル・J・フォックスの闘病を通した人生観形成の書。妻に見捨てられるのでは・・・と恐れ、アルコールに溺れそうになりながら、病気に向き合い、自らを"A lucky man"と思えるようになるまで。


ラッキーマン

  上記の本の文庫版


Lucky Man: A Memoir

  原文・英語で読みたい方へ。やっぱりこういう本は原文で読めればそれにこしたことはないと思います。



パーキンソン病 最新治療と生活法

  パーキンソン病患者さん、ご家族のために書かれたパーキンソン病入門のための本。


順天堂大学脳神経内科水野美邦教授が答える パーキンソン病治療と生活Q&A―患者・家族への実践アドバイス

  日本のパーキンソン病診療・研究の第一人者による患者さん、ご家族のための実践的ガイド。



パーキンソン病治療ハンドブック

  私が愛用した研修医・病棟医向けパーキンソン病ハンドブック



パーキンソン病治療薬の選び方と使い方

  Evidenceに基づいたパーキンソン病治療薬使用法のガイドラインをまとめている。

Comments

たいへん参考になりました!

はじめまして。興味深く読ませて頂きました。勉強になりました。パーキンソン病を知らない人には不随意運動は理解できないでしょうね。この「演技だ」発言には本当に腹が立ちました。日本の記事でも「痙攣」と書いてありましたし。

またお邪魔します。

コメントありがとうございました

コメントありがとうございました。
Pakipaki話のサイトも拝見しました。
すごく勉強されていてびっくりしました。
確かに薬の承認をはじめとして、日本の医療行政の動きは遅いですよね。
そして、マスコミもパーキンソン病のような頻度の高い疾患についての理解があまりにもお粗末です。(ご指摘の「痙攣」のような誤った表現については諦めざるを得ない状況です。)
この責任の一端は、私たち医師が疾病についての広報活動を十分してこなかったことにありますが・・・。

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【パーキンソン病関連ビデオ】補足情報

神経内科(パーキンソン病などの神経に関する病も扱う専門領域です)の先生が書かれているフリーター医師兼大学院生の徒然日記さんからトラバをいただきました。専門の視点から先日紹介したM.J.フォックス氏の選挙
  • [2006/10/30 01:41]
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マイケル・J・フォックスの選挙CMの背景

ここ数日、アクセス数がかなり増えている。前回の記事で「名器」について触れたので、世の中にはそんなに「名器」を必要とする人がいるのか!?なんて思ってしまったが・・・そういうわけではなかった(笑)。アクセス解析によると、だいぶ前に書いたマイケル・J・フォック
  • [2006/10/31 19:43]
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神経変性疾患について-病気の恐ろしさを見るHP

神経変性疾患神経変性疾患(しんけいへんせいしっかん)は、中枢神経の中の特定の神経細胞群が徐々に死んでゆく病気。脳神経疾患の一つ。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Article- History License:G
  • [2007/02/10 22:07]
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